有機農業の哲学とは

8月27日(土)朝8時前、日本有機農業研究会40周年記念シンポジウムに
参加するため、外苑前の日本青年館に向かった。
シンポジウムのテーマは「大震災・原発事故をのり越える有機農業」。
今回の原発事故により、農家の方々はどのような思いで土と向き合い、
日々暮らしておられるのか、当事者の生の声をお聞きしたいと思った。

シンポジウムは、朝10時スタートで終了が夕方5時半ちかくになったが、
盛りだくさんの内容だった。
とりわけ午前中の報告者の方々から貴重なご報告を聞くことができた。
トップバッターは、新潟大学農学部土壌学研究室教授の野中昌法さん。
「福島原発事故は世界最大の公害問題であり、水俣の教訓が生かされなかった。
専門家や学会の権威とは何か?誰のための科学なのか?放射能の影響、
さまざまな意見を公平に扱い、国民に知らせることが真の科学者としての
立場である」と冒頭から熱く語ってくださった。
また、土壌から作物に移行する放射能の数値は肥沃な土壌ほど低いという
有機農業にとって心強い調査結果を説明してくれた。
もっと詳しく聞きたかったが、パネリストの持ち時間は各々20分。
消化不良ではあったが、ここにも良心的な科学者がいらっしゃったと
嬉しくなる。

続いての報告は、福島県二本松の有機農業者、大内信一さん。
「40年間、農薬も化学肥料も1滴も使ってこなかった農地が放射能によって
汚染されてしまった」と無念の胸中をとつとつと語りだした。
600人ほどの小学校に供給していた野菜も出荷停止となり、地産地消が
消え、放射能被害を避けるために畑や公園から子どもが消え、子どもたち
の避難のために単身赴任や離婚が増えて家庭が崩れ、熱心な提携者が
離れていく。
40年間、自然と共生し、勤勉に土を耕してきた大内さん。
原発事故がすべてを破壊し、すべてを奪ってしまった。
しかし、大内さんは負けていない。
きゅうりやなすの放射性物質は10ベクレル以下であり、今後も放射能と
向き合いながらも多くの作物をつくることで土を肥沃にしたい。
新規農業者らが中心となって立ち上げた「オーガニックあだち」のメンバー
25人とともに有機農産物の生産と販売に力を入れていかれるとのこと。
福島県の前知事が有機農業に熱心だったため、心強い後ろ盾として
県には有機農業センターがあるそうだ。

他にも茨城の魚住道郎さん、栃木の舘野廣幸さんなど、ユニークな
有機農業者のお話を聞いたが、どの方のお話もきわめて哲学的。
それもそのはず、有機農業の運動は、1970年に一楽てるおさんが
資本対労働者、自然対人間という敵対矛盾から調和共生の時代へ
と提唱し、自立と相互扶助の社会変革が必要と翌年の71年に有機農業
研究会を発足したそうだ。
不幸ではあるが、原発事故が起きた今だからこそ、有機農業の立脚する
哲学が心に響くものとなっている。
大地とともに生きる人たちの言葉の説得力はすごいなあと感心しつつ、
シンポジウムの後半で集中力を失った自分のひ弱さを改めて感じた。