他人事のような行政と浮世離れした議会
今週から一般質問が始まり、各会派そして県内各地区からの議員が登壇した。
市議会では質問に取り上げられる問題で知らないことはほとんどなかったが、さすがに千葉県は広い!
県内でこんなことが起こっているのかと勉強させられることから、それってあり得る?ということから、さまざま。
特に房総の辺りについては、知らないことが多い。
地元の議員さんが質問に立ち、フリップ片手に地域事情を切々と訴え、知事に要望する。
例えば、富津市の浅間山山砂採取場の跡地にメガソーラ発電を誘致し、いま話題の野菜工場をつくったらどうかとか、茂原の工業団地への誘致は厳しいのでいっそのこと運動場にしたらどうかとか、館山市の観光振興のためにNHKの大河ドラマを誘致するために知事が直々に直談判に行ってほしい等など。
それぞれの議員さんの発想豊かな提案とパフォーマンスに驚くやら何やら…?!
一方、キャラクターの濃い議員に対し、県行政の答弁はいたって味もそっけもない。
「国の動向を注視し、市町村に働きかけていく」「国が基準を定めるべきである」などが多発し、再質問の答弁すらもひたすら紙(答弁要旨)を朗読するだけである。
新たな情報も意外な答えも聞くことはない。
なので、ノートに書き留める内容もなく、大いにつまらない。
こんな時は佐倉市議会がとっても懐かしくなる。
佐倉では議会改革を進め、2年ほど前から事実上、一問一答制を実現している。
この方が傍聴している市民にとっても分かりやすいと大好評だ。また、本会議で質疑を詰める中で、行政の本音を引き出すこともできる。
それに比べて千葉県議会の旧態依然としたありさまは何なのか?
誰々議員の支援者ではない一般県民がおおぜい傍聴にこない限りは、県議会は変わらないだろう。佐倉市議会では評価は分かれるが有志市民による「議員通信簿」がつくられ、配布されていた。この存在が議会に緊張感をもたらすとともに市民の議会への関心を引き出していたことも確かである。
しかし、本来の議会改革は議会自らの問題意識によって進めるべきことではある。
三重県議会は、数年前から二元代表制の下での議会の役割をしっかり自覚し、議会内での徹底討論、政策形成、政策提案ができる議会に前進している。この改革をリードした議長のお話を聞いたことがあるが、いわゆる保守本流の会派の方だった。
今日(7月24日)は我が会派の代表である小宮議員が質問に立ち、30分の時間制限の中で環境、福祉、教育、防災など、さまざまな問題を取り上げた。
野田市にある産廃処分場の化学物質問題については、健康被害調査と化学物質環境調査の分析結果が異なること
や市と県で行った調査方法に疑義があること等々、この間の県担当課の対応にも誠意がなく、部長答弁も「今後も県と市の連携で調査を検討する」と許可権者としての県の責任をあいまいにするものだった。
専門家によると、原因物質の特定は時間がかかり、その間に被害が広がり深刻化するそうだ。
何よりも優先すべきは、昼夜苦しんでいる処分場周辺の住民の方の健康や命だ。
「中立・公平」を行政の行動原理(言い分)とし、あくまでも法令上(書類上)の判断を貫くことが、行政の使命ではないはずだ。いまからでも客観的かつ科学的な詳細調査に早急に取りかかってほしい。
廃棄物処理の問題はここだけではない。
市原で問題となっている残土埋立についても、地元住民組織から反対の請願が出されたにもかかわらず、22日に県が許可をしてしまった。請願が審議される来週の常任委員会をまたずにこの時期の許可が意味するところは??
(詳しくは、市民ネット山本友子さんのブログの報告をご覧ください⇒こちら )
これら問題の裏にいったい何があるのだろうか?